宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

エマニュエル・ルパージュ講演会「『革命』と『原発』と〜社会を描くバンド・デシネ」ご報告

【11月17日の書いています】


 ルパージュさんの講演、大変充実したものでした。『ムチャチョ』の翻訳をされた大西愛子さんの通訳も素晴らしく、非常に良い講演会になったと思います。


ムチャチョ (EURO MANGA COLLECTION)

ムチャチョ (EURO MANGA COLLECTION)


 まずは『ムチャチョ』の話を1時間半ほど、その後未邦訳の『チェルノブイリの春』の話をして下さいました。
 『ムチャチョ』については、非常に充実したパワーポイントによるプレゼンテーションを自ら用意されていて、作中に描かれたニカラグア革命とその時代について分かりやすく概説して下さった後、作品制作のプロセスを数多くの図版とともに、詳しく話して下さいました。
 特に、主人公のガブリエルが、夜、教会の大きな丸い窓から村を見る、冒頭の重要な場面について、彩色まで完成した後、これは違うと捨ててしまった没ページと、実際に採用されたページを比べて、どこをどう、なぜ直したのか解説して下さった部分は、読者の視線をどう誘導するかについてなど、興味深い問題が含まれていて、面白かったです。
 日本のマンガだと、ネームの段階で編集者と相談して直していくので、ここまで完成させてから捨てる、ということはほとんどあり得ないと思うのですが、日本のマンガにおける編集者の役割を担う人がいないバンド・デシネの世界では、ありうるんでしょうね。
 一通りお話しいただいた後、藤本由香里さんから、キャラクター同士のまなざしの絡み合いについてや、同性愛を描くということについてなどの質問があり、それら一つ一つに非常に丁寧に答えて下さいました。
 その後、いったん休憩をはさんで『チェルノブイリの春』のお話。パワポではありませんでしたが、これも、スキャンされたページ画像と、実際の本を開いて投影器で見せながら、どのような経緯でチェルノブイリに行ったかから語って下さいました。
 もともとこの本は、反原発団体の活動の一環として、取材の結果を本にし、その売上金で、チェルノブイリの子供を汚染のない場所で遊ばせてあげるプロジェクトの成果でした。
 現地入り当初は、原発事故の恐ろしさを強調するのにふさわしい死の世界の絵を求めて行き、そして廃墟と化した遊園地など、そうした光景はある意味期待通りにすぐに見出すことができたのだが、次第に、その地の自然の風景の美しさや、残ったり戻ってきたりして暮らしている人たちの「生」の方が目に入るようになり、それでもなお自分はマスクをし、靴を防護用のビニールで覆って、その美しい風景をスケッチしていて、自分が持っているガイガーカウンターもそうした対応が必要な数値を示している、という現実の中で過ごすうち、見えているものと見えていないもののギャップを、自分の五感では感じられないという事実にめまいを覚えるようになっていった、そのプロセスを可能な限り自分の感じたままに表現しようとした、とのことでした。
 実際、この作品では、そうしたある意味ステレオタイプ化した「死の世界」としてのチェルノブイリの光景や、ルパージュさん自身の行動を描いた部分はモノクロで描かれ、次第に彼の目を奪うようになっていった美しい自然の風景や、生き生きした子供たちの顔などはカラーで描かれ、そうしたモノクロのコマとカラーのコマが一つのページの中に混在するといった表現上の工夫が行われていて、前半から後半に移るに従ってカラーのコマの割合が増えていきます。ルパージュさん自身の感じためまいの感覚、それを対象化し、可能な限りその感じたままに伝えようとする表現上の工夫に、作家の誠実さと才能が感じられる画面になっています(文章はフランス語なので読めないんですが)。邦訳が待たれます。
 

 といった感じで『チェルノブイリの春』について一通りお話しいただいたところで所定の時間が来てしまいました。フロアからいくつか質問をお受けして、講義は終了。たっぷり2時間半でした。
 だったんですが、ルパージュさんと海外マンガフェスタ実行委員長のフレデリック・トゥルモンドさんのご厚意で、『ムチャチョ』をお持ちの来場者の方にはサインをしますよということになり、ルパージュさんの前には長蛇の列が。
 一人一人とお話をされながら、さらさらと鉛筆で素敵な絵を描いていかれるルパージュさんのカッコいいことと言ったら!(笑)
 
 
 それも終わった後は、関係者で懇親会。僕は講義全体の司会はさせていただいていたのですが、質問する時間がなかったので、懇親会の席で色々お話がうかがえてよかったです。ルパージュさん、目ヂカラすごいんですが、その目ヂカラでこちらの目を見つめたまま話されるので、相手と目を合わせたまま話し続けることができない日本人としては、ちょっとドキドキしてしまいました(笑)。
 ちなみにルパージュさんは前日の木曜日には東京工芸大学でワークショップをやり、この日この講演があり、日曜日の海外マンガフェスタでは大友克洋さんとのシンポジウムがあるというスケジュールにもかかわらず、合間の土曜日一日を使って福島へ行き、立ち入り禁止区域の境界線まで行ってみる、とのことでした。エネルギーすごい。


 今回、お話の聞き手役は藤本さんがやって下さったので、僕は機材の設営や、事務的な事前の準備などが中心でしたが、海外からの作家さんの講演会に関わったのは、初めての経験でしたから、非常に良い勉強になりましたし、内容的にもおいでいただいた皆さんに満足いただけるものになっていたのではないかと思います。
 広報不足にもかかわらず50名近くの方にお越しいただき、熱心にお聞きいただき、本当にありがとうございました。
 レジス・ロワゼルさんの急なキャンセルという不測の事態にもめげずに、ぎりぎりまで代案を模索して下さり、ルパージュさんの公演を実現して下さったフレデリック・トゥルモンドさん、それからもちろん、もともと来日中の予定になかった講演を大変な密度で行なって下さったエマニュエル・ルパージュさんにも、心より感謝いたします。ありがとうございました!Merci Beaucoup!