宮本大人のミヤモメモ(続)

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大阪府立国際児童文学館の存続を求めるパブリックコメント(草稿)

 あー、もう時間切れだー。
 宮本大人が出すパブリックコメントの草稿を、とりあえず掲載します。週末にパブリックコメントを書こうかなと思っていただいているみなさんのご参考になれば幸いです。


 ええ、長すぎますけども。あふれる思いが決壊ギリギリってことで。



大阪府立国際児童文学館についてのパブリックコメント


 大阪府立国際児童文学館と同館を運営する財団法人大阪国際児童文学館について、意見を述べさせていただきます。意見は全体で9通になります。
 「『大阪維新』プログラム(案)」中の「4−5出資法人」と「4−6公の施設」、および「財政再建プログラム(案)」、「財政再建プログラム(案)資料(公の施設)」、「財政再建プログラム(案)資料(出資法人)」によれば、大阪府立国際児童文学館は廃止、その施設は「撤去、もしくは利用を検討」、資料は大阪府立中央図書館に移管、「資料の管理など必要な事業は府で実施」するとされ、今まで児童文学館の運営を委託されてきた財団法人大阪国際児童文学館への委託は廃止とされています。
 私は、日本のマンガ史を専門とし、日本マンガ学会の理事も務めている大学教員で、大学院生時代以来、10年以上にわたって年間2週間から1か月程度同館を利用している一利用者でもあります。2005年度には特別研究員として書庫への出入りを許可していただき、その成果を2007年度の展示、および講演会で館に還元させていただいてもいます。そうした立場から検討した結果、大きく分けて以下の6つの理由で、上記の方針には反対し、施設、および財団の現状維持を要望します。




(1) 大阪府立国際児童文学館(以下、「児童文学館」とします)は、現在の大阪府立中央図書館(以下、「中央図書館」とします)では担うことのできない独自の機能を有しており、長年にわたって運営上のノウハウを蓄積してきた財団法人大阪国際児童文学館(以下、「財団」とします)の廃止によって、その機能はほぼすべて失われると考えられること。




 児童文学館は、「財政再建プログラム(案)」の中で、「図書館等」に分類されていることからも、府としては「図書館」類似施設として扱われていると思われますが、一般に「文学館」は「図書館」と「博物館」の中間的な性格を持っており、児童文学館も、実態として中央図書館では担うことのできない独自の機能を有していると思われます。
 独自の機能とは、


a)図書館で行われる子どもの読書支援の方法論そのものを研究・開発する基礎研究機能
b)「児童文学」にとどまらず、館蔵資料全体の約2割をマンガ本・マンガ雑誌が占めていることからも明らかなように、児童向けの出版物全般を収集・保存する機能


 の二つに分けられるでしょう。
 このうち、a)の機能は、子供の読書支援の研究・開発を専門とする専門員がいることと、子ども向けの閲覧室(1階のこども室)を有していることとの、二つの条件を兼ね備えていること大きな意味を持っていると考えられます。これは、児童文学研究の講座や保育学科を持つ大学などにも備わっていない、施設としての児童文学館と財団が一体になっていることで可能になっている機能であり、財団の持つ研究機能だけを切り離して、大学で代替するということは困難だと考えられます。
 b)の機能については、この機能の実現のために、児童文学館は、一般の図書館とは異なる、発行年月日に即した独自の資料の分類法を採用しているだけでなく、資料の内容だけでなく形態をも重視する文学館ならではの資料観に基づいて、カバーや帯もそのまま保存する保存方法をも採用しています。したがって、資料を中央図書館に移管する場合、中央図書館の分類法に即した資料整理の全面的なやり直しのために多大なコストがかかること、保存方法も図書館的なそれへ変更されることによって資料の損傷の危険性が高まること、が予想されます。財団と現在の施設を廃止し、資料だけは移管によって現状を維持、という「財政再建プログラム(案)」の考える方針は、実際には実現に多大なコストとリスクを伴うものだと言えます。資料の現状維持という観点からこそ、児童文学館と財団の廃止には反対するゆえんです。
 また、児童文学もマンガも雑誌も、とにかくあらゆる児童向け出版物を分け隔てなく、収集保存し、閲覧に供していく、という方針は、資料の内容についての一定の価値判断を含んだ選書を行なう(または、行わざるを得ない)一般的な公立図書館と異なる、児童文学館の大きな特徴であり、資料の価値を、現在の価値観で決めてしまわず、歴史の判断にゆだねる、未来の子どもたちにゆだねるという方針は、歴史的な遺産の保存事業における世界的な潮流になっていますが、児童文学館は、我が国のアーカイブの中でそれが実践できている貴重な事例です。
 現在の所蔵資料が府立図書館に移管され、出版社からの寄贈が止まり、府立図書館の選書基準でしか児童向け出版物の収集が継続されないとすれば、大阪府は、自ら世界に誇りうる文化行政の実践を放棄することになります。現在の施設、財団を維持し、現在の収集方針の維持を強く要望するゆえんです。




(2) 上記の独自の機能に対する高い評価によって得られている年間約2000万円相当の資料寄贈、および約7000万円相当の民間からの資金援助は、財団の廃止によって受けられなくなり、資料の継続的・体系的収集が不可能になるだけでなく、公立の文化施設における官民協力の優良モデルとしての性格も、中央図書館へ引き継ぐことは不可能であること。




 この点については、平成20年5月1日付で示された教育委員会による「「財政再建プログラム試案」に対する考え方」の28頁掲載の「公の施設 ?国際児童文学館」で明確に述べられているにもかかわらず、「財政再建プログラム(案)資料(公の施設)」でも、「財政再建プログラム(案)資料(出資法人)」でも一切触れられていません。
 実際には年間約2億9千万円の運営費のうち9千万円を民間から引き出している施設であるにもかかわらず、「資料」を見る限り、児童文学館は年間約2億円の運営費をほぼ全面的に府が負担している施設に見えます。教育委員会の資料も大阪府ホームページの「財政再建プログラム試案」関連のページで閲覧できるとはいえ、今回の「大阪維新プログラム(案)」をまとめたページには掲載されていません。これは、パブリックコメントを求める際の情報提供として公正さを欠いているのではないでしょうか。




(3) 資料の移転先とされている中央図書館の現在の収容能力、移管に伴う書庫改修費等のコストが明らかにされていないこと。また、4月に出された「財政再建プログラム試案資料(公の施設)」の「大阪府立中央図書館」で「見直しをした場合の課題」として挙げられていた、「必要資料、機能の精査を行い、蔵書の整理での対応を検討する必要」について、その後どのような見通しができているのか、不明であること。




 中央図書館に限らず、児童文学館についても、財団についても、4月の「試案」の資料にはあった「見直しをした場合の課題」の欄がなくなっているため、今回の「財政再建プログラム案」を実施した場合の課題、不安要素が不明になっています。
 先に触れた教育委員会による「考え方」では、児童文学館の資料の受入には書庫改修費3億円が必要との試算が示されており、それ以外にも資料移転運搬費、検索システム統合費、図書装備費等の「膨大な追加費用も発生」とされています。これら、資料のみ移転ということになった場合にも発生しうる多額のコストと、資料の「整理」(これは「処分」を意味するものでしょう)の可能性について、今回の「財政再建プログラム案」では一切触れられていません。
 これでは、現在の資料70万点が、状態はともかく中央図書館にまとまって保管され続けることは確か、ということさえ保証されるのかどうか、危ぶまれます。特に我々マンガ研究者としては、府立図書館の選書基準に照らして、マンガ関連の資料が「整理」の対象となるのではないかという強い危惧を抱いています。
 また、今明らかにされている限りの情報では、果たして資料の中央図書館への移転が、移転に伴う費用と差し引きした結果、どの程度の経費削減になるのかも不明ですから、なぜそのような不透明な状態で、21年度中に廃止という性急な結論を出そうとするのかが理解できません。




(4) 館のコレクションの核となった12万点の資料を寄贈した鳥越信氏や、毎年2000万円相当の資料の寄贈を行なっている出版社への説明責任、多くの団体から出された存続要望書への応答責任、および利用者への説明責任が、果たされていないこと。




 2月に橋下知事が、公の施設について図書館以外すべてゼロベースで再検討するという方針を出されて以来、児童文学館については、「大阪国際児童文学館を育てる会」が取りまとめた8万以上の署名をはじめ、さまざまな団体、個人から、存続の要望が出されてきました。その中には、日本児童文学学会、日本マンガ学会、社団法人日本書籍出版協会など、児童文学館と財団の活動の特徴と意義を具体的に説明しつつ存続を要望する要望書も含まれていますが、4月に出された「財政改革プログラム試案」とその「資料」、および今回の「財政改革プログラム(案)」とその「資料」を見比べても、児童文学館の活動の特徴と意義について示されている認識はあまり変わっていません。
 書籍出版協会が指摘し、教育委員会も明記している、民間からの9000万円の寄付についてどう考えるのか、日本マンガ学会が指摘している、マンガや街頭紙芝居など、「児童文学」以外の資料が大量に含まれることについてどう考えるのか、あるいはまた、これも教育委員会が明記している中央図書館の収容能力や移管のためのコストとリスクをどう考えるのか、等々、このコメントでも指摘してきた問題は、既に何度も知事、および改革プロジェクトチームに対して示されてきたはずですが、今回の「財政改革プログラム(案)」とその「資料」には、それらに対する応答が全くありません。
 これは単に館の活動を高く評価する利用者からの要望・疑問への応答責任を果たしていないのみならず、館の活動を高く評価し、それゆえ府民の税金からの支出約2億円のほぼ半額に当たる9000万円を、漠然と大阪府に対してではなく、ほかならぬ大阪府立国際児童文学館に対して、寄付している個人・団体への説明責任を果たしていないことにもなります。
 このままこの廃止案を実施することは、児童文学館の設置責任者としての府を信頼して、12万点のコレクションを寄贈した鳥越信氏や、その他の寄贈者・団体の信頼に対する背信行為であり、結果的に、大阪府全体の信用を著しく傷つけることになります。




 次に、二つの意見を述べます。




(5) 以上のような理由を踏まえると、平成21年度中に廃止、という現在の案を実施することは、年間2億円の運営費削減、という経済効果以上に大きなイメージ・ダウンを大阪府にもたらしかねないのではないかと考えられる一方、逆に存続を決めることで、大きなイメージ・アップ効果、および入館者数の増加がもたらされると考えられること。




 先にふれたように、今回、非常に多くの、存続を求める声が全国から上げられ、著名文化人による要望もあり、また手塚治虫文化賞特別賞受賞といった出来事もあり、この数ヶ月で、児童文学館の存在と活動の意義は、全国的にも、また今までなじみのなかった大阪府民にも、広く知られることになったと考えられます。その広報効果は、宣伝費用に置き換えるならば莫大なものがあると言えるでしょう。
 このことを積極的に活かし、府の内外に児童文学館をさらに深くアピールすることで、入館者数の増加を実現し、存続に対する府民の理解を得ていくならば、年間2億の削減以上に大きな、大阪府の行政、および今回の「大阪維新」のイメージ・アップという利益が得られるのではないかと考えます。




(6) 児童文学館の位置する万博記念公園は、大阪府内の公園として、極めて大きな意味を持つものであり、「大阪ミュージアム構想」の中に位置づけ、あらためてその良さを府内外にアピールされてしかるべき場所であると考えられるが、児童文学館は公園内に位置する唯一の府立施設として、万博公園の価値を大阪府自身が高めていることの象徴として位置づけることができること。




 交通の不便さが指摘される児童文学館のロケーションは、しかし、万博公園の豊かな自然という、子どもと文化の出会いの歴史を保存し、未来を構想していく場としては絶好の環境に恵まれたものでもあります。
 子どもたちにとっては、公園で思い切り体を動かした後、ゆっくりと本を読む、といった1日を過ごすことができ、大人にとっては、太陽の塔の背中を眺めながら、自らをはぐくんだ少年少女雑誌の歴史を振り返る、といった時間を経験できる、すばらしいロケーションは、中央図書館のロケーションでは代替できないものです。
 国立国際美術館が移転するなど、万博公園の求心力が低下していると思われる今こそ、府民に、あらためて万博公園との親しみを回復してもらい、府外から訪れる人々に、万博公園の良さを知ってもらうためのシンボルとして、大阪府が児童文学館を積極的に打ち出していくことは、非常に有意義なことと考えます。




 以上、大阪府立国際児童文学館と財団法人大阪国際児童文学館の存続を要望する理由、およびそれに関わる意見・提言を述べさせていただきました。この問題は、1100億円の削減目標全体の中では、ごく小さな問題のように見えるかもしれませんが、橋下府政の文化行政に対する考え方を評価する象徴的な案件として、府内外の大きな注目を集めている問題でもあります。「子どもが笑う」まちづくりという知事の大きな目標をあらためて踏まえつつ、大局的な視野からの判断をいただけるよう、お願いいたします。