宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

スタンプラリーと連続講演会の第2回

 今日も今日とて、また熊本に行ってまいりました。
 前半は、今度北九大の学生を連れて見学ツアーをするので、その下見&所要時間調べ。熊本近代文学館島田美術館を回って、「武しゃんスタンプラリー」を一人でコンプリートしてきました。


 熊本近代文学館では、熊本出身の作家小山勝清の「それからの武蔵」を取り上げた「それからの武蔵」展が行われています。恥ずかしながら、今回のこの展示に接するまで、この作品については、そういう作品があるということは知っていましたが、内容は全く知らず、作家についても何も知らなかったのですが、作品の梗概、作家のプロフィールが、関連資料とともにコンパクトにまとめられていて、勉強になりました。
 この作品は、巌流島の戦いから始まって、その後の武蔵の生涯が描かれるのですが、巌流島以前に、すでに武蔵が相当の境地に達している「バガボンド」とは違って、むしろ「その後」の人生の中で、武蔵がいろいろと悟っていくようですね。
 各巻のあらすじと、各巻の名場面の原文が引用されたパネルが作成されていて、その中には、今度の自分の講演とも関わってくる、ちょっと興味を引かれるくだりもあったのですが、それぞれに、今回の展示のために作成された挿絵が添えられていて、これが、おそらくプロではない、若い女性の描いた少女マンガ風の絵柄のものでして、地元の、この館とつながりのある学生さんとかが一生懸命この小説読んで描いたのかな、と微笑ましく思いました。



 この武しゃんスタンプラリーの告知のチラシもそうですが、CAMKの一連の広告ビジュアルとは思い切り対照的な手作り感が、街ぐるみでこの「熊本版」と武蔵を盛り上げようという気概を感じさせてくれて、いいなあと思います。



 これが県立図書館と文学館が一体となった「温知館」の遠景。おりしも隣接する体育館では少年剣道大会が開かれていたらしく、野外で練習している若者たちがたくさんいました。実は僕も小5から高3まで剣道をやっていたので、ちょっと懐かしくなったり。


 文学館近くの食堂でささっとお昼をかき込んだ後、市電に乗って今度は島田美術館へ。段山町というところで降りて、バス停2つ分なので歩けるかなと思って歩いたら上り坂でした…。僕は歩くの好きですし、27度とかだった先週とは打って変わって、今日は気温が20度以下だったので、別に歩けましたが、暑い日に10名前後の学生引き連れて歩くのはちょっときついなと思いました。交通センターから1時間に2本バスが出てるので、ちゃんと調べてから行くとよいと思います。



 こちらが島田美術館の入り口。なかなか渋いです。写ってませんが、写真の左側にはおしゃれな今風のカフェも併設されています。
 島田美術館の展示「宮本武蔵と近世肥後の文武」は、武蔵の(または、武蔵の、と伝えられる)書画や刀剣、さらに、同時代の書画や刀剣などで、この分野に全く詳しくない僕には勉強になりました。特に、前から思ってたんですが、刀剣の世界っていうのは、ハマるとキリがないんだろうな、と改めて思いました。売店には、武蔵が使ってたと考えられるものを再現した木刀が置いてあって、持ってみると、ちょっと普通に欲しくなったりしたんですが、絵はがき感覚では買えないお値段ですし、この後これ持ってうろうろするわけにいかないので、あきらめました。
 帰りはバスに乗ってみようと思ったんですが、時間があるので、併設のカフェでお茶しました。抹茶ロールケーキとカフェラテ。おいしかったっす。文化系女子か、と思いながら、ベタな写真を。



 バスでCAMKのある通町筋(とおりちょうすじ)まで戻ると、ちょうど13時40分。今日の後半は、14時からの山下裕二さんの講演を拝聴します。


 「井上雄彦という稀代のマンガ家の持つ魅力を多面的に読み解く講演会」、第二回は、「井上雄彦と日本水墨画史」。


日本美術応援団 (ちくま文庫)

日本美術応援団 (ちくま文庫)


 赤瀬川原平との共著「日本美術応援団」などで著名な美術史家の山下さんは、実は、今回の展示担当学芸員の冨澤治子さんの大学時代の恩師でもあり、冨澤さんの紹介のあと、山下さんが冨澤さんとの関わりを紹介するなど、リラックスした雰囲気で講演が始まりました。
 内容は、まず、従来の、美術館におけるマンガ展の難点の指摘と、この「最後のマンガ展」の画期性を強調した上で、山下さんのライフヒストリーに沿って、山下さんの少年期からのマンガ体験が、1970年の横尾忠則表紙の「週刊少年マガジン」など、当時の作品・雑誌の図版を紹介しつつ語られ、その延長上で日本の美術史の研究へと足を踏み入れていく経緯が、これまた、彼が研究してきた作品の図版とともに語られました。
 それによって、山下さんの中で、マンガを見るときの姿勢や価値判断の基準と、美術史上重要とされたり、逆に今は忘れられたりしている、様々な絵画を見るときの姿勢や価値判断の基準とが、基本的に同じであることが、ごく自然に納得できるお話の流れになっていました。
 マンガだから取るに足りないとか、美術史上巨匠とされているからすごいに決まってるとか、そういう先入観を排して、長谷川等伯井上雄彦も、同じ水墨画として見ること。それによって、見えてくることがある、というのは、ある意味ごくまっとうな話ではあるのですが、言うは易し、行うは難しなわけで、実際に様々な水墨画と、「バガボンド」のいくつかの絵を並べて見せて話してくれたのがよかったです。
 あ、あと、宮本武蔵のものと伝えられるいくつかの絵についても触れられていて、井上雄彦の方が上手い(笑)的な話もあったりして、山下節が堪能できました。


水墨画発見 (別冊太陽―日本のこころ)

水墨画発見 (別冊太陽―日本のこころ)

 
 講演終了後は、山下さんの教え子で、この春明治学院大を卒業して、今は学習院の大学院で夏目さんに指導を受けているS君や、この展示の入場整理・会場監視のアルバイトスタッフのTさん、Sさん、それから跡上史郎さんの5人でorangeでお茶したり、楽しい一日でした。


 あ、そうだ、もういっこ。てことで追記します。
 今日の熊本は、午前中と午後の一瞬、会期中初めて、はっきり雨が降りました。で、上野の時もあったらしいんですが、雨の日は、会場の受付カウンターのところに、てるてる坊主が六つ、ぶら下がります。このてるてる坊主、それぞれちゃんと顔が描いてあって、お察しの通り、全部井上さん自身が描いた、「バガボンド」のキャラクターたちなんですね。沢庵とか又八とかおばばとか。後の三人が誰かは、次の雨の日のお楽しみということで。
 これ、僕も今日、教えてもらって初めて気付いたんですが、ほんとに隅々まで、井上さんの気持ちが行き届いてる展覧会だなあとつくづく思います。