宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

「ユリイカ」武富健治特集、マスト・バイです!

 「ユリイカ武富健治特集、28日に読了しました。いや、これマジですごい本でしょう。「軽めのエッセイ」の類が一本もない。武富漫画の濃密さに共振した濃密な論考ばかり。相原コージさん羽生生純さん花沢健吾さんのトリビュート・イラストも濃いの揃いだし、異様と言えば異様。あえて言えば土屋太鳳さんインタビューが一服の清涼剤。武富健治ファン、「鈴木先生」ファン、そしてマンガを論じることに関心のある人、みなさん必携だと思います。
 以下、散漫な羅列になりますが、感想を。まずは改めてアマゾンへのリンクと、青土社サイトから概要と目次を引用しておきます。


特集=武富健治
鈴木先生』 が教えるマンガの豊饒
定価1,300 円(本体1,238 円)
ISBN978-4-7917-0233-6


 今年、全11巻で完結を迎えた 『鈴木先生』 は、異色の教師モノとして学校だけにとどまらないゼロ年代以降の日本社会を活写し、テレビ東京でドラマ化されるなどスマッシュヒットとなった。また、下積み時代の同人活動や雑誌のカット描きやアシスタント業務などは日本のマンガ文化の多様さ広大さを示している。マンガの酸いも甘いも噛み分けた情熱と技術の作家・武富健治を特集。


【対談】
鬱屈を引き受けるひと パッションとしての憂い顔 / 武富健治×安彦良和


【徹底討議】
鈴木先生』 を饒舌に語ってしまう理由わけ 反時代的マンガの同時代性 / 武富健治×宮本大人×伊藤剛


【新作マンガ】
雨月物語 壱 白峯 / 武富健治


鈴木先生の白熱マンガ授業】
「演ずること」 と “キャラ” の超克 / 斎藤環
ひきつった笑いを忘れるな 今日も僕たちはマンガを読み続ける / 伊藤剛
倫理=ことばを教えるということ 若きソクラテスとしての鈴木先生 / 伊藤氏貴
鈴木先生にあだ名をつけてあげよう / 千葉聡


【ドラマの現場から】
小さなクラスを通して社会を描く 「実験」 / 河合勇人 [聞き手=宮本大人
小川蘇美という歩き方 / 土屋太鳳 [聞き手=宮本大人


【〈演技〉 の真実を生きる】
鈴木先生』 と演劇的リアリティ / 吉田大助
〈私〉 を乗りこなすための免許 / 松井周
世界は舞台だ / 篠儀直子


【トリビュート・イラスト】
鈴木先生いい顔全集 / 相原コージ
鈴木先生』 読んでないっ !! / 羽生生純
僕と武富さん / 花沢健吾


武富健治の世界】
鈴木先生』 の作り方、あるいは成長し続ける物語 / 宮本大人
武富健治の中の 「娯楽」 「文芸漫画家」 登場まで / ヤマダトモコ
武富先生の白熱展示室 「武富健治の世界」 展によせて / 表智之
鈴木先生の不安な日常 / 野田謙介
鈴木先生』 と知的エンターテインメント / 蔓葉信博
『江露巣主人大全』 と鬼畜系の伏流水 / 永山薫
きみはペットなんかじゃない / さやわか


【資料】
武富健治略年譜
武富健治作品解題 / 想田充・三輪健太朗


http://www.seidosha.co.jp/index.php?%C9%F0%C9%D9%B7%F2%BC%A3


 まず、最初におかれた安彦良和さんと武富健治さんの対談。これがめちゃくちゃ面白い!どこに俺の影響があるんだ?っていう安彦さんの突き放しから、武富さんが食い下がって自分にとっての安彦良和を語るところから入るんですが、次第に武富さんの絵を見る力のすごさと安彦さんの分析力のすごさが全開になって行きます。
 歯に衣着せず言いたいことを言う安彦さんに、武富さんもおそらくはかなり意を決して、結構どきどきするようなことも言って粘ります。インタビュアー武富健治の力量、なかなかです。


 こういう企画での作家同士の対談って、もともと仲良し同士の場合は和やかに、初対面の場合はお互い気を遣い合って、いずれにしてもゆるい褒め合いのくだりが続くことが多いんですが、この対談はほんとにガチで、ガチでやることがお互いの良さを引き出すことにつながるのを、お互いが感じてるのがわかります。
 安彦論としても武富論としても、新しい発見のある読みごたえのある対談になってると思います。「ガンダム」前後の富野・安彦の仕事を安彦さんがどう捉えてるかも面白いですし、そして特集全体のテーマにもなっている武富健治を育てた「マンガの豊穣」の内実のコアの部分も見えてきます。


 伊藤氏貴さん、千葉聡さん、松井周さん、篠儀直子さん、蔓葉信博さんなど、漫画論プロパーじゃないみなさんの、それぞれのご専門の立場からのアプローチは、武富作品の多面性を浮き彫りにする上で効果的に活かされていて、僕にはすごく勉強になりました。
 多分みなさん共通してるのが、漫画という表現、武富さんという作家の独自性に対するリスペクトをちゃんと持って下さっていて、それを自分の専門とする領域の視点から論じることの限界に対してすごく自覚的だということ。だからこそ、自分の分野からのアプローチが活きるポイントにも自覚的になれるんだと思います。


 漫画論プロパーの側としては、伊藤剛さん、野田謙介さん、永山薫さんのが正面切った作家・作品論になってます。専門、とは言えないんでしょうが、漫画も多く論じてこられている斎藤環さん吉田大助さんさやわかさんもさすがのお仕事、そして想田充・三輪健太朗の若手二人による作品解題もよかった。


 斎藤環さんのは全体のイントロにふさわしい「鈴木先生」論、続く伊藤剛さんのもさらに深く踏み込んだ武富世界への導入になってます。伊藤さんのは冒頭にフリッパーズ・ギターの歌詞の引用があって僕的にはその時点でキタコレでした。
 『テヅカ・イズ・デッド』とかもそうだけど、伊藤剛さんのノッてるときの文章って、もっと分かりやすく整理しようと思えばできるんだろうけど、伊藤さんの思考の運動をそのまま追体験するようなグルーブ感があって、好きなんですよね。今回のもそのグルーブがたっぷりで気持ちよかった。


 吉田大助さんと松井周さんのはそれぞれ違った角度から「鈴木先生」の「演劇的」側面にアプローチしてて、篠儀直子さんのは、さらにそこに映画論的な画面・空間分析を加えて、質量ともに読み応えたっぷり。このお三方の論考の総論みたいになってます。屋上という「舞台」の意味をきっちり押さえておられて重要だと思いました。


 伊藤氏貴さんと千葉聡さんのは、「国語の」、「教師」としての鈴木先生へのアプローチとして、僕が興味のあった部分に応えてくれていて、なるほどと思うことしきりでした。


 永山薫さんのはエロ漫画、蔓葉信博さんのはミステリ、さやわかさんのは「爬虫類を飼う女」の漫画、と、それぞれ少し大きな、そして「教師漫画」や「学園漫画」、あるいは「純文学」といった文脈とは違う文脈の中に、武富作品を位置づけた論考でまさに武富作品が示す「マンガの豊穣」が見えてきます。さやわかさんのは、終盤に「あ、そこに話がつながるんだ!」っていう鮮やかな論の展開があるのでお楽しみに。
 そしてマンガ論プロパーの論考としては野田謙介さんのが、冒頭の小川の瞳の描写への言及からぐいぐい引き込まれます。絵・言葉・コマの三要素が武富作品の中でどう組み合わされ、さまざまな「不安」を表現しているかを論じていく展開は、さすがグルンステン『マンガのシステム』(青土社)の訳者というべきレベルでしびれました。
 

 で、武富健治の世界展の成果報告になってる僕とヤマダトモコさんの論考、そして表智之さんの漫画展一般の中に武富展を位置づけつつ、単に武富展論ではなく武富論にもなってるレビューの3本で、武富展が漫画展としてどういう内容・特徴を持つのかが、立体的に分かっていただける、と。


 そしてドラマ版「鈴木先生」へのアプローチとしては河合勇人監督のインタビューと土屋太鳳さんインタビューがあって、ドラマ版を独立した作品であると同時に、当たり前ですが武富作品の「読み」の一つでもあるものとして捉えられるように、工夫しています。


 土屋太鳳さんのインタビューは、自分がインタビュー中に感じてた手応えが、活字で読み返すと少し薄れていて、正直舞い上がってたのかなと反省しています。ファンのみなさんの期待にこたえられるものになっていればと切に祈っています。あ、でも最初に触れたように、異様に濃いコンテンツ揃いの一冊の中で、ある意味では一服の清涼剤的にもなってくれているとは思います。


 河合勇人監督のインタビューは、活字で読み返してもほんとに充実したものになってると思います。これは僕の力量というより、監督の力ですね。手帳を見返しながら、きちんと事実の前後関係など確認しつつ、予定をはるかに上回る長時間にわたって話して下さいました。


 武富健治×伊藤剛×宮本大人討議も、笑いも入りつつ、包括的、かつ踏み込んだ議論ができたと思います。実はこの日伊藤さんと僕のセーターがトナカイ柄でかぶってたんですが、伊藤さんがなぜか照れて脱いじゃったときの写真が使われたので、トナカイ二人で武富さんをはさむという絵にはならず(笑)。


 そしてまあ、何より、表紙と扉、さらには土屋太鳳インタビューまで、武富さんの描き下ろしイラストがどれも素晴らしいのと、新作「白峯」の異様な迫力ですよね。武富ファン的にはこれだけでも大満足かと。表紙めくったとこの仕事机写真もいい感じです。
 それにしてもこの小川さんの表紙の絵は、ほんとに、何ていうか…、何なんでしょうね、この、単にきれいとかかわいいとか美しいとか言わせない、どこか「ヤバさ」を感じさせる雰囲気。鈴木先生が演劇指導の際に生徒たちに求める、「調子のいい感想など言いよどみ…しばし絶句する!」というレベルの表現になってると思います。ちなみにこの表紙絵の原画と、モノクロでの掲載になっている特集扉ページの武富キャラ集合イラストの原画は、「武富健治の世界」展第4期の展示で、お見せできることになっています。乞うご期待!
 


 あ、全然「略」じゃないだろってレベルの詳細な略年譜も読物として面白いレベルですし、想田充さんと三輪健太郎さんによる(ほぼ)全作品解題も、短編作品相互、そして短編と「鈴木先生」の内的なつながりをきっちり押さえ、単に二人が「分担」したというのでない、緊密なセッションのようになってます。


 そしてオーラス、編集長(舞)さんによる編集後記も、なかなかいいです。お見逃しなく。さらに、本来関係のないはずの、淵田仁さんによる最終頁エッセイ「われ発見せり」の「アーカイヴのやまい」も自作をアーカイブし続ける作家としての武富健治の話のようにも読めてしまって面白かったです。


 ということで、長文になってしまいましたが、要は「冬休みのお供に『ユリイカ武富健治特集を!」「冬休みが過ぎても『ユリイカ武富健治特集を!」ということです。よろしくお願いします!