宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

「漫画の港」としてのミュージアム−北九州市漫画ミュージアムの基本コンセプトについての補足意見−

 今日28日の午後、北九州市漫画ミュージアム(仮称)の第2回基本コンセプト検討委員会が開かれます。
 前回の議論、およびその後行なわれた、各委員に対する個別のヒアリングをもとに、市の担当者の方が改めてこのミュージアムの目的と運営方針、運営体制について、まとめて下さった資料が出され、それをめぐって議論が行なわれる予定です。
 市の担当者さんが作ってくれた資料にも、もちろん僕の意見は反映してもらっているのですが、さらに、私見として、以下の文書をまとめ、てか今書いたとこなんですが、明日委員の皆さんに見ていただこうと思っています。
 議論全体については、また各種報道などが出ると思います。僕が書いたものは、あくまで一委員の私見ですから、先走って出してもいいかなと思い、ここに載せておく次第です。


(以下、委員会で配布するつもりの文書の全文です)
「漫画の港」としてのミュージアム北九州市漫画ミュージアムの基本コンセプトについての補足意見−
  宮本大人北九州市立大学准教授、日本マンガ学会理事)
 当ミュージアムの基本コンセプトについては、各委員へのヒアリングに基づいて市の担当者の方がまとめて下さった前回の資料、及び今回の資料でほぼ明らかになったと思います。
 ですが、一方で、もう少し、分かりやすく、広く市民の皆さんにイメージを共有してもらえるようなキャッチコピー的なものが必要なのではないかと、考えてきました。
 そこで、ご提案したいのが、表題にある、「漫画の港」としてのミュージアム、というフレーズです。
 みなさんご存知のように、漫画の海は広大で深いものです。海が、時には我々をやさしく包み込む生命の源としての顔を見せ、また時には世界の過酷な深淵を垣間見せるものであるのと同様、今日の膨大で多様な漫画たちもまた、世界の広さと深さ、優しさと恐ろしさを、ともに教えてくれるものとして存在しています。
 北九州市漫画ミュージアムは、大型ショッピングモール(「第二チャチャタウン(仮称)」)の中に併設されるため、少なくとも開設当初から大きな収蔵庫を備えることは困難であるという条件などもあり、本格的なコレクションを持ち、かつまた上に述べたような漫画の、全ての側面を包括的に扱う、ということはできないと考えられます。
 しかしながら、研究を担当する複数の学芸員、企画運営に重点を置いたプロデューサー、来館者にきめ細やかに漫画の面白さを伝える「漫画ソムリエ」からなる体制(これは、あくまで現時点での構想ですが)によって、展示のみならず、閲覧、各種イベントに力を入れ、下は漫画離れが指摘される若年層から、上は日本の漫画の発展を支えてきた団塊の世代まで、幅広く、漫画の面白さ・広さ・深さをあらためて伝える当ミュージアムは、いわば、広大な漫画の海へ乗り出すためのさまざまな船が集う、「漫画の港」としての役割を果たすことができるのではないでしょうか。
 前回の委員会で、松本委員長が話された、終戦直後のこの街の活況、そしてその中で、進駐軍の持ち込んだアメリカン・コミックスと日本の赤本漫画が、共存していた状況は、まさに、様々な文物が行き交う港湾都市としての北九州の特性をよく表していると思います。
 多種多様なルーツを持つ漫画が、渾然一体となって少年の目を輝かせ、心を躍らせていた、かつての北九州の町のありようを、この漫画ミュージアムによみがえらせることは、不可能ではないはずです。またそのためには、立派なコレクションや、いわゆる「お宝」の類は必ずしも必要ではないでしょう。収蔵品に頼った運営では、悪い意味で「博物館行き」になった資料の標本展示場になりかねません。
 重要なのは、人と、情報が、常に活発に行き交う流動性を、ミュージアムが積極的に作り出していくことです。そのためのアイデアを、どんどん市民から募っていく仕掛けを、開館前から作っていく必要があるでしょう。私としては、(1)北九大の学生に参加してもらってのさまざまなプレ企画づくり、(2)北九州の貸本文化の調査・研究、(3)北九州の同人誌文化の調査・研究、(4)北九大公開講座での「マンガ研究入門」の実施、(5)運営体制が固まった時点でのスタッフ・ブログの開設、などのアイデアをすでに温めているところです。
 「漫画の港」としてのミュージアム、そして、付け加えるとすれば、市民とともに成長・変容し続けるミュージアム、といったところが、このミュージアムのコンセプトを表す端的なキャッチ・フレーズになりうるのではないでしょうか。
 戦後の漫画の起爆剤ともなった、手塚治虫酒井七馬による「新宝島」の、最初の場面の見出しは「冒険の海へ」でした。一つの手荷物も持たずに、ただ一枚の古い地図だけをポケットに入れ、自動車を飛ばして港に駆けつけ、モーターボートに飛び乗って宝島を探しに出かけた少年の精神を、このミュージアムは継承したいと思います。