宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

いろいろできていたのです


 先週は火曜日に左の本、水曜日に真ん中の本、木曜日に右の本が届きました。



 これが、『いのうえと―「井上雄彦 最後のマンガ展 重版〈熊本版〉」スタッフがつないだもの―』。
 アルバイトスタッフ諸君の体験記と座談会、さらには最初の上野の森美術館での展覧会を企画し、会期中の来場者「案内」を担当された野村俊広・武富太郎両氏へのインタビュー、熊本でバイトスタッフを統括してやはり来場者「案内」を担当された蔵座江美氏による会期中の全日記など、充実の内容であります。
 B5判・本文モノクロ・全88ページ、400部作りました。とりあえず、スタッフ諸君、関係のみなさんにお配りした後、4月以降、熊本市現代美術館のミュージアムショップで買っていただけるようにする方向で、話が進んでいます(売価未定)。
 今年度の後半は、この本を作るために、そして経費削減のため、完全データ入稿にすべく、DTPソフトの使い方を勉強しつつ、ほとんど毎晩この本の編集作業をしていました。「大阪版」のオープンまでには出来上がるつもりが、終わった直後に出来るていたらくで、申し訳ない限りでしたが、内容は、素晴らしいと思います。というか、素晴らしいコンテンツが集まった以上、いい加減な本にはできないというプレッシャーは相当なものがありました。
 デザイン・レイアウト等も自分でやったので、いろいろ素人くさいところもある本ですが、その手作り感も含めて、いい本になったと思いますので、なるべく早く一般の方にもCAMKで手に取ってもらえるようにしたいです。


 
 そしてこちらは毎年恒例、ゼミの卒論集『メディアとサブカルチャー』。4冊目になりました。
 今年も去年とほぼ同じページ数の鈍器。当然のように自立します。表紙デザインや中身の編集は例年通り、当の卒業生たちがやっています。A5判・本文モノクロ・全590ページ・売価2100円で、100部作りました。例年どおり北九大生協で買っていただけます。今までの4冊全て、来年度も継続して生協で取り扱っていただけますし、僕が東京に越したら、メロブとかタコシェとかに委託してみてもいいかなと思ってます。
  


 最後は、北九州漫画ミュージアムプロジェクト(k.m.p.)の活動広報誌『comi9!(こみきゅー)』の創刊号です。
 2月に入居予定地が発表されたばかりの(仮称)北九州市漫画ミュージアムですが、すでに今年度の春から学生サポーターのプロジェクトを立ち上げ、夏休みの高橋留美子展の関連企画を実施するなど、声をかけた僕の予想以上の成果を上げてくれています。そしてさらに、年2回、つまり学期ごとの発行を目指して、活動広報誌を創刊してしまいました。




 創刊号は、その高橋展の関連企画を、実施できなかったものも含めて、企画から実施までの過程を報告する内容になってます。実施できなかったものも、ってとこがリアルで面白いですよ。
 また、こちらも経費削減のため、僕同様、昨日までDTPソフトなんて触ったことのない、というかワードやエクセルさえよく分かりません、みたいな学生たちに、やっぱり一から勉強してもらって、デザインから何から全部やってもらいました。僕はほとんど「様子を見てた」だけで、あいさつ文を書くことさえしてません。あ、高橋展企画の記録写真はほとんど僕が撮ったやつですけど、表紙のロゴや写真・イラストなんかも全部学生のアイデアで学生の手によるものです。タイトルは、北九州の愛称「キタキュー」と、「コミック」をかけたもので、これも学生のアイデアです。
 こちらもよく見ると素人っぽさは残ってますが、やっぱりその手作り感込みでいい感じですし、印刷会社さんには、「そこらのフリーの自称デザイナー〈笑)の仕事よりよっぽどちゃんとしてますよ」と、ま、ある程度お世辞も含めてでしょうけど、言ってもらえたので、それなりのレベルになってると思います。
 これはB5判・全14ページ・フルカラーのフリーペーパーとして1000部作りましたので、北九大キャンパスのいろんなところのほか、市役所文化振興課の漫画ミュージアム担当チームのみなさんの協力も得て、市立の美術館・博物館・図書館に置いていただけることになっています。また、おなじみギャラリーSOAPなど、こういうのを置いてくれるカフェなどにも置いていきます。
 こんなものが、当のミュージアムはまだ影も形もないうちから出続けるとしたら、結構すごくないですか?



 というわけで、今までの卒論集も含めて、僕が北九大での5年間に作った本を全部並べてみました。全部、中身の大半が学生によるもので、僕はまえがきとかあとがきとかしか書いてなくて、編集、それも本そのものの編集というより、学生たちがコンテンツを生み出すまでの産婆役の比重が高い関わり方をしてるところが特徴かと思います。
 こういうの、昨今の大学における教員評価や、文部科学省的な研究者評価の評価法から行くと、一番「ポイント」にならないものなんですけど、僕にとっては、大学教員にしかできない、最も大学教員的に面白い仕事の形だという気がしています。大学の教師の仕事って、編集者、それも作家が作品を生み出していく過程に寄り添っていくマンガ編集者のそれに似てるんですよね。


 非常勤講師掛け持ち時代から、というよりバイトで塾講師してたはるか昔から、勉強なんて、学問なんて何が面白いんだか分かりません、て子たちに、その面白さを伝えるような仕事が好きなのは分かってたんですが、5年前に北九大に来た時には、自分が5年間でこういうところにまでたどり着くとは思ってもみませんでした。


 ミヤモトには研究者として一刻も早く博士論文をまとめることを期待して下さってたみなさんには本当に申し訳ないのですが、みなさんがこの5年間、「そんなことより早く博論書け」と直接間接に伝えて下さっていた、その「そんなこと」が、この5年間を通じて、僕の中ではこんなに大きくなってしまいました。学生と一緒に何かをすること・作ること、そのための環境を維持するためには学内運営にも積極的にコミットすること、ご縁のあった土地に自分にしかできない仕事で貢献すること、等々は、いずれも、自分が博論を仕上げて本にすることと、少なくとも同じ程度以上には、重要な意味のある仕事だと、僕には思われたのでした。
 

 どれも、ほかならぬ僕が、ほかならぬこの土地にやってきて、ほかならぬこの大学で、ほかならぬこの5年間働いたことでしか生まれなかった成果です。ほかならぬこの場に居合わせた人以外にも、届く普遍性のある仕事になるよう、心がけたつもりです。少しでもたくさんの人に、手にとっていただけるようになっていけば、そして、これがさらに今後の仕事に、さらなる出会いに、つながっていくことになれば、幸いです。
 これだけのものを作らせてくれた・一緒に作ってくれた関係のみなさん、本当にありがとうございました。