宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

テレビさんさようなら

 今日は最後にもう一つ話題が。
 今朝、我が家のテレビの「画面が小さくなって、時々映らなくなってしまう」という知らせがオクサンからあり、電話して詳しく聞くと、テレビが天寿を全うすると、そういうふうに命尽きるんだろうなと思わせる状態になってしまったようでした。
 このテレビ、僕が大学に入る時に唯一新品で、自分で吟味して買った家電である、ソニーの14インチのトリニトロンでした。
 つまり、平成元年の春以来、つくばから東京へ引っ越しても、オクサンと結婚しても、子供たちが一人、二人と生まれても、オクサンが一人暮らしの時に持ってた某社のテレビデオが、このテレビよりずっと新しかったはずなのに早々に昇天した後も、上の子が、どこの友達の家に行っても、これより大きくて薄いテレビしか見たことがない、と言うようになっても、ずっと鮮明な映像とクリアなステレオ音声を聞かせてくれてきた、驚くべきことに僕の人生の半分以上を一緒に過ごしたテレビなのです。
 地デジに完全移行する前に、買い替えないといけないんだよな、でも、壊れないのに?と思っていたのですが、ある日突然、画面が小さくなる、って、なんか、ほんとに地デジ移行を前に天寿を悟ったかのようじゃないですか。
 オクサンや子供たちは、一台しかないテレビが見れなくなったら大変だとばかりに、僕の気持ちに配慮して使わずにおいていてくれた買い替え資金を握りしめて、早速、午後、家電量販店に駆け付けたらしく、夕方帰宅すると、すでにマンションの階段の踊り場に、テレビさんは置かれており、居間では、配送業者さんが、同じソニーの、E.YAZAWAが宣伝している薄くて大きなテレビを設置している最中なのでした。
 もうウッキウキしている子供たちを尻目に、再び踊り場へ出て、ああ、とりあえずお別れをしないとと、写真を撮ってみるものの、薄暗い夕方のマンションの階段の踊り場に置かれた、14インチのブラウン管テレビは、どう撮っても物淋しいのでした。


 フラッシュをたかずに撮っても、



 たいて撮っても、



 上から撮っても、



 もちろんカメラを縦にしてみても、結局淋しい。
 まる20年とちょっと、俺と俺にできた家族に、いろんな映像を映し出してくれてありがとう。そのブラウン管に映し出されてきたのは、結局俺のこの20年の人生でもあった気がするよ!



 つーことで、自分が写り込むように正面から撮ってみたりしました。
 その約10分後、テレビさんは配送業者さんと一緒にどこかへ旅立ちました。いくつかの部品はどこかでリサイクルされたりするんかな。
 物持ちはいい方ですが、まさか一台のテレビにここまでの思い入れが発生するとは思いませんでした。今度のブラビアさんとも長くお付き合いできるといいなと思います。