宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

ところで先週の

児童文学学会は、竹内オサムさんがお勤めの同志社大学が開催校でした。僕としては、『マンガ表現学入門』での僕の「マンガと乗り物」(『誕生!「手塚治虫」』所収)に対する批判や、つい先日出た竹内さんの研究同人誌『ビランジ』での『テヅカ・イズ・デッド』批判について、いろいろお聞きしたいことがあったのですが、なにせ大会事務局担当でらっしゃるので、ゆっくり話す時間も取れないだろうし、あいまいにご挨拶するだけになるのかな、と思っていました。先日も書きましたように、今年は学会賞の奨励賞にお世話になっているお二方が選ばれたこともあり、そのお祝いもちゃんとさせていただかなければならないし、講演をなさる渡辺泰先生にお聞きしたいこともあるし、とかなんとか。
ですが、中野晴行さんが、すでにご自身の日記でもお書きになっているように、気を遣って下さいまして、「ちょっと今回のことは建設的な論争にせなあかんよ」と竹内さんを口説き、学会の懇親会が終わった後、京都駅の地下の喫茶店で話せる場を設けてくれてのでした。喫茶店に入る時時刻はすでに20時30分、店の閉店時間は21時でしたが、中野さんは40分過ぎの新幹線で東京に帰られることになっていましたし、竹内さんも30分あればいいでしょうという感じだったので、僕もなんとか30分で最低限確認したいことを、とがんばったのですが、やはりまったく時間が足りませんでした。
それで、9時に店を出たところで(もう中野さんはおられません)、竹内さんに「すいませんが、もし良かったらもう少し」と粘り、竹内さんも「ああ、まあええよ」という感じだったので、「じゃあちょっと別の店を探して」と言いかけると、「ええやん立ち話で」という思いがけない逆提案があり、「えっ!?立ち話ですか」という僕に、「壁にもたれようや」という、さらに思いがけない提案がなされたのでした。
そんなわけで、京都駅地下の改札前の壁に、同志社大学教授と北九州市立大学助教授が並んでもたれて、22時までの1時間、激論(といってももっぱら激しているのは僕の方でしたが)を展開したのでした。「同一化技法がどうの」「絵と言葉のズレがどうの」と身振り手振りを交え、ときにはばたばた足踏みしながら口角泡を飛ばしてかみつく坊主頭のミヤモトと、悠然と受け流し続けるノッポの竹内さん、という図は、はた目には相当面白かったのではないかと思われます。隠しカメラとかで撮っといて、「ではその一部始終を見よう」ってやってほしかったくらいです。
同じ日、東京では伊藤剛夏目房之介東浩紀による歴史的といってもいいトークショーが行なわれ、終了後はその打ち上げがなごやかに行なわれていたようですが、ちょうどそのころ、京都では、ある種のお客さんには同じくらいおもしろいはずのトークが、完全無料・完全無観客で行なわれていたのでした。
で、とにかく聞きたいことは全部確認したいミヤモトは、あくる日の昼休みにも30分ほど時間をとっていただき、ほんとに確認したいことはすべて確認させていただきました。お忙しい中、お相手してくださった竹内さんには、本当に感謝しています。
そんなわけで、『マンガ表現学入門』への応答も含め、僕や伊藤さんのお仕事とそれに対する竹内さんの批判の両方を目にされた方が、抱かれるであろう疑問を可能な限り解消するような、議論の整理を、できるだけ早い時期にこのブログで行なおうと思っています。今回、いくつかの点で竹内さんも率直にお認めになっていましたが、竹内さんの議論・批判にはいろいろと混乱があります。その混乱をなるべく解消しておくことは、マンガ研究の今後の発展にとって重要なことだと思います。…が、ちょっとしばらく、無理かも。すいません。年明けくらいになるかもしれません。

マンガ表現学入門

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