宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

東京は台風による大雨

 だったみたいですね。福岡・北九州はおだやかな晴れでした。
 が、僕は研究室にこもって授業の準備をしてました。来週から再来週にかけて大学祭があったり、七五三があったりするので、今週の土日は子供と遊ぶのは明日の午前中だけです。
 この週末は、北九州では青山真治鈴木則文の対談なんてプログラムも含んだぴあ・フィルム・フェスティバルがあったり、福岡では南陀楼綾繁さんのトーク一箱古本市もある「ブックオカ」があったりしましたが、全部禁欲です。なぜなら。
 僕にとって、授業をすることは論文書くのと同じくらい自分を賭けたパフォーマンスだからです。実際、色々あって論文書くのがほとんど無理な現状の中で、そこそこいい授業ができて学生たちがいいリアクションを返してくれていることだけが、今の僕の支えだったりします。
 よくこんなこっぱずかしいことが書けるなと自分でも思いますが、授業を、自分が今まで蓄えてきた知識と知恵、鍛えてきた言葉、練ってきた表現方法が、学生という他者にどれだけ届くか、どれだけ彼らを動かすことができるか、厳しく問われる場だと思っていない人々が、大学の外側にも内側にもうんざりするほどたくさんいるからなんですよ。僕を含む全ての大学教員が、授業なんて休めれば休めるほどいいと思ってると決め付けてきたり、目の前にいる学生が自分の話を聞かなかったりやる気が感じられなかったりするのは全て学生の側の責任だと平気で思ってたりするのを見せられる、という経験を日々させられているのです。あなた方がどう思おうと勝手ですが、僕は違いますんで。