宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

今回の場合、「隠し撮り」が問題だというよりも

【すいません!エントリ中の記述に訂正すべき点がありました。エントリ末尾にも追記をしてあります。改めてご覧ください。9月7日23時20分追記。同38分、さらに追記】


 集中講義と丸山さんとの講座を終え、大阪府立国際児童文学館での街頭紙芝居の上演&姜竣さんの講演も見て聞いて、ようやく最後の一日、ちょっとゆっくり、水曜日締め切りの原稿のための調べ物を、と思っていたら、当の児童文学館をめぐって思いがけないニュースが飛び込んできてしまいました。
 ネット上でも賛否両論のようで、これから述べる論点も、すでにいろんなところで触れられているのではないかと思うのですが、児童文学館の問題についてずっと発信してきたブログとして、取り急ぎ、触れておきたいと思います。


 まず、毎日新聞の9月6日付記事です。

橋下大阪知事:廃止方針の児童文学館の仕事ぶりを隠し撮り


 大阪府橋下徹知事は6日、廃止方針を打ち出している府立国際児童文学館吹田市)の館内の様子を調べるため、職員に内緒で2日間にわたってビデオ撮影したことを明らかにした。橋下知事は「なんの努力の形跡もうかがわれない」と映像を見た感想を述べた。「隠し撮り」について「民間だったら当たり前のリサーチ」と話したが、その手法は議論を呼びそうだ。

 橋下知事の私設秘書が8月、撮影した。知事は「(来館者を増やす)取り組みは一切感じられなかった」と酷評。子どもたちが漫画ばかり読んでいたとして、「実際は漫画図書館」と不満を表した。映像は府議会などでの公表を検討する。

 文学館の北田彰常務理事は「びっくりした。府民サービスを心がけて、いつ誰が来てもきちんと対応している」と困惑気味に話した。6月から書庫などの見学ツアーを始め、50回で延べ約500人が参加したといい「7月の来館者は昨年の4割増、8月は5割増になった」と反論。さらに「『漫画ばかり』と言われるが、70万点の資料のうち14%に過ぎない」と話した。

 府は財政再建案で、文学館を来年度中に廃止し、機能を中央図書館(東大阪市)に移す方針を示している。橋下知事は「行政は予算を付けても、執行の管理ができていない。本当にやっているのかチェックするのが僕のやり方」と話し、廃止を検討する他の施設についても府職員らに「隠し撮り」させる方針を示した。【長谷川豊、田中博子】
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080907k0000m040067000c.html


 次は朝日新聞です。

そこまでするか橋下知事 国際児童文学館を隠し撮り2008年9月6日


 大阪府橋下徹知事は6日、府が財団法人に運営させている国際児童文学館吹田市)で、職員の働きぶりや展示の工夫などをチェックするためにビデオの隠し撮りをしていたことを報道陣に明らかにした。府の財政再建案には文学館の廃止が盛り込まれており、知事は「あれだけ(存廃を)大議論したのに努力の形跡が何も見られない。府議会が求めればビデオを見せたい」と語った。

 知事によると、私設秘書にビデオカメラを持たせて8月中の2日間、存廃の論議が進む複数の公の施設を「覆面リサーチ」したという。文学館以外にどこを調査したのかは明かさなかった。

 文学館のビデオを見た感想として、「マンガばかりが並んでいるから『マンガ図書館』に名前を変えるべきだ」「職員にやる気がない」と厳しく批判した。

 財政再建案では、09年度中に文学館を府立中央図書館(東大阪市)へ移転させ、財団法人の存廃についても結論を出す。知事はこの日に視察した中央図書館については「レイアウトなどを大変工夫している。やっぱり人が集まる施設でないと努力しない」と語り、文学館移転のメリットを改めて強調した。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200809060039.html


 次に、読売新聞です。

廃止方針の施設「隠し撮り」、橋下知事が私設秘書使い


 大阪府橋下徹知事は6日、来年度中の廃止方針を決めている国際児童文学館吹田市)について、報道陣に対し、「8月に館内をビデオで隠し撮りした。(利用者を増やす)努力をした形跡がない。議会に証拠に持っていきたい」と述べ、私設秘書を使って利用実態をひそかに撮影していたことを明らかにした。

 存廃問題が議論になる9月議会で廃止の妥当性を示す「証拠」にしたい考えだが、こうした調査手法についても議論になりそうだ。

 橋下知事は6月にまとめた大阪維新プログラム案で、同館を廃止し、約70万冊の蔵書を府立中央図書館(東大阪市)に移設する方針を表明している。

(2008年9月6日23時17分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080906-OYT1T00694.htm


 次は産経新聞

橋下知事が移転決定の府立施設内を“盗撮” 「努力の形跡見受けられない」
2008.9.6 11:39

橋下徹大阪府知事 大阪府橋下徹知事が、府立中央図書館(東大阪市)への移転が決まっている府立国際児童文学館吹田市)の現状把握のため、私設秘書を使って施設内をビデオで“盗撮”させていたことが6日、分かった。橋下知事は今後、他の施設も同様に調べるとみられる。

 この日、橋下知事が中央図書館を視察後、報道陣の取材に応じ明らかにした。 橋下知事は「(中央図書館の)児童資料室は、児童文学館よりもはるかにレイアウトがしっかりしていて府民を意識している」と評価。「向こうは漫画ばっかり。漫画図書館という名前に変えたらいい」と児童文学館を痛烈に批判した。

 さらに、8月末の土日に私設秘書を使って、児童文学館の内部をビデオ撮影させたことも明らかにし、「何の変化もなく、努力の形跡が見受けられなかった。やる気がないんじゃないですか」と切り捨てた。

 他の施設も撮影しているのか問われると「また、いろいろと録ってくるようにする。努力している所と、していない所が明らかになる」と答えた。
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/080906/lcl0809061142003-n1.htm


 各紙とも「隠し撮り」や「盗撮」というセンセーショナルな言葉を使っていますが、今回の場合、これに惑わされていると、本質を見失うおそれがあると思います。一番問題なのはむしろ、撮影された映像が、館の「実態」を捉える上では、著しく限定的・断片的な情報にすぎない、ということが、知事にも撮影者にも意識されていないらしい、という点でしょう。
 隠し撮りか否かに関わらず、一般に、一人の人間が撮影した映像が、なんらかの「実態」を過不足なく正確に記録した客観的な「証拠」になりうるという前提自体が、おかしいのです。
 したがって、テレビでも映画でも、ドキュメンタリーやノンフィクションにおいては、膨大な時間をかけて取材を重ね、さまざまな角度から、一見「客観的」に見える映像にどのようなバイアスがかかっているかを自覚し、そのバイアスを極小化するよう努力したり、逆にあえて、こういうバイアスがかかっていますから判断はお任せします、ということを観客に分かるように提示するといった工夫がなされるわけです。


 今回の場合、橋下知事が見たという映像がどのようなものか、よく分からないまま、賛否両論が巻き起こっているのが危ないと思うのですが、少なくとも、(2)撮影は橋下知事の私設秘書によって行なわれた、(1)撮影は館内の職員に気づかれないように、従ってまた、おそらくは来館者にも気づかれないように、行われた、(3)撮影は1日しか行われていないらしい8月末の土日の2日間行われたというが、実際どの程度の時間撮影が行われたのか、また知事が見た映像が、どの程度の長さに編集されたものか分からない、ということが、報道から分かる問題点と言えるでしょう。
 まず、(1)については、一般的な文学館・図書館・博物館等の業務のあり方に通じた専門家によってではなく、知事の私設秘書によって行われたということで、A)撮影者に、橋下知事の方針にとって有利な「証拠」となり得るものを選んで撮影しようという意図(または無意識的な偏向)が働く危険性がある、B)撮影者に、そのような危険性を回避しようという十分な誠意があったとしても、多岐にわたる館の業務の、どこに注目すれば、職員の「努力」を適切に評価することができるのか、十分わかっていない状態で撮影が行われた可能性が高い、ということが言えます。
 また、(2)については、館の「ありのまま」を撮影するために、館内にいる職員・および利用者のいずれからも気づかれないようにする(これが、「隠し撮り」になるわけですが)努力は、結果的に、気づかれにくい時に、気づかれにくい位置からしか、撮影が行われえない、という状況をもたらしていた可能性が高いと考えられます。つまり、「ありのまま」を撮影するために、かえって「ありのまま」のうちのごく一部分を、ごく限られた視点から撮影したにすぎない映像になっている可能性が高いということです。
 最後に(3)については、(2)からつながることですが、平日か土日か、あるいは時間帯はいつか、学期中か夏休みか、等によって、利用者数も、利用者の多様性もかなり異なる、児童文学館の「実態」を捉える上で、ある特定の一日のある時間帯土日だけを選んで撮影するという方法は、不適切と言うほかありません。土日といっても、午前と午後では入館者数はまったく違いますし、こども室の入館者は親子連れがほとんどですので天候にも左右されますから、知事が見たという館の「その日」「その時」の状況は、たまたまその時そうだったにすぎないかもしれないわけで、まして今回の場合、知事就任後、PT案で廃止が打ち出される前の時期に、同じ人間が同じ着眼点で同じ曜日・時間帯に撮影した映像が存在しているわけではなく、単に知事が自分で視察に行った時の印象とだけ比較した上で、「変わっていない」と言われているわけです。そもそも知事自身、今回報道されている発言を見ても、撮影者同様、映像のどこを見るのが、職員の仕事を評価する上で重要なのか、分かっていない可能性が非常に高いです。「漫画ばかり」って、漫画が多いのも特徴の一つだと言っている施設に対して言ってしまうのは、今までマンガ学会などが出してきた要望や、議会での質問などを、ほとんどまともに読んだり聞いたりしていない証拠ですし、これが、1階のこども室でのことを言っているのか、2階の、中学生以上しか利用できない、主に大人が利用する閲覧室のことなのかによっても、話は違ってきます(毎日の記事では「子どもたちが漫画ばかり読んでいた」とあるので、おそらくこども室のことだと思うのですが、朝日と産経の記事では漫画が「並んでいる」ことの方が問題にされているようでもあり、もとの知事の発言がわからないので、いずれかの記事のまとめ方に記者の解釈が入っているのかもしれず、ちょっとよくわかりません。)
 以上3点が、今回の映像が「証拠」として議会に提出するに足る資料だとは、到底考えられないゆえんです。


 以上のうち、一番根本的な部分は(1)のB)で、これは、とにかく一度は現場に足を運んで自分の目で見ることをモットーにしている橋下知事が、一番陥りやすい(というかすでに陥っていると思いますが)落とし穴だと思います。児童文学館に限らず、高い専門性を持つ施設の場合、どこをどう見ればその施設の評価を適切に行うことができるのかは、1回や2回、それもたかだか1、2時間、足を運んだくらいで分かるとは限りません。なまじ自分は自分の目で見た、という自信を持ってしまう分、現場視察主義はかえって判断を誤る危険を高めかねないのですが、それが知事には意識されていないようです。だからこそ、堂々たる視察と、今回のような「盗撮」とが、本質的には全く同じ、情報の著しい限定性という問題点を抱えていることに気づかず、隠し撮りにすれば「実態」が分かるというような考えに囚われてしまうのでしょう。
 今後、もしこの映像が本当に議会に提出されるというような事態になった場合、議員のみなさんにはぜひこうした問題点に留意していただきたいと思いますし、担当部局である教育委員会は、同じ手法が公立学校の教育現場にも適用される可能性も視野に入れて、きちんと映像の撮影状況と、結果として出来上がった映像のあり方を検証して、法的な問題も含めて、果たしてそれを「証拠」とすることが許されるのかを、判断してもらいたいと思います。


【お詫びと訂正について追記】
 予想をはるかに超える多くのアクセスとブックマークをいただいており、ありがたく思っています。と同時にお詫びをしなければいけません。
 出張最終日の疲れた頭で、ざっと記事を探して引用し、ネット上での議論に急ぎ目を通し、努めて冷静に問題点を指摘しようと心掛けたものの、やはり注意力が不足していたようで、新聞記事すべてを熟読すれば拾えるはずの、映像が「8月末の土日」(産経)の「2日間」(毎日)行われたという情報を見落としていました。
 今福岡に帰宅して、あらためて記事に目を通して脂汗をかいているところです。
 私自身が、理解力が不十分な状態で限定的な情報に基づいてものを言うと間違える、という実例を示してしまいました。とはいえ、今回のエントリで指摘した問題点そのものは変わらないと思いますので、私のもとの記述のどこが間違えていて、どこを今追記したか、訂正線と赤字で示すことにしました。また、問題にされた映像は、おそらく1階のこども室で撮影されたものと思われるがはっきりしない、という点もカッコ内に付記しました(23時38分追記)。どうか改めてお目通しいただければと思います。
 

 しかし、8月末の土日って、普通に考えれば30日と31日ですよね。その2日間は僕も2階の閲覧室で調べ物をしてたんですが、1階のこども室は、少なくとも午後の館内見学ツアーの時間帯の前後は賑わってたはずです。やっぱりかなり限られた時間しか撮影していないんじゃないかという気がします。
 ちなみに今日の午後は、30、31日よりもっと多くのツアー参加者で大盛況でしたよ。隠し撮り映像だけ見て「努力の形跡が何も見られない」などと言わずに、館と財団のホームページもご覧になれば、手塚治虫文化賞受賞記念イベントの日には1日で2000名近くの来館者があったことなどもわかります
 あと、今、こども室入口の展示コーナーでは、竹内オサムさんの特別研究員としての研究成果でもある「手塚治虫と幼年漫画の歴史」をやっていて、子ども向けに、展示にちなんだクイズ企画とかもやっていますから、常連でない来館者の方々がさしあたり館内のマンガに興味が向くのはごく自然なことかと思います。