宮本大人のミヤモメモ(続)

漫画史研究者の日常雑記。はてなダイアリーのサービス停止に伴いこちらに移転。はてなダイアリーでのエントリもそのまま残っています。

『漫画をめくる冒険』(たぶん)最速紹介

 「ピアノ・ファイア」のいずみの=イズミノウユキ泉信行さんの個人誌『漫画をめくる冒険−読み方から見え方まで−』の「上巻・視点」を御恵投いただきました。



 あ、画像でかい。サイズの設定間違えたかも。ま、いいや。
 実は、ありがたいことに、本ができる前にゲラをいただいていたので、ちょうど本が届く数日前に読み終わっていたのです。
 で、ですね。
 これは、すごいです。マジで。伊藤剛さんの『テヅカ・イズ・デッド』の「次」を切り開いて見せてくれる画期的な仕事だと言って過言ではないと思います。
 タイトルはもちろん、漫画を「めぐる」の誤植ではありません。漫画は「めくる」ものであること、つまり漫画が、書物という形状のメディアに載って展開される表現であることをきちんと踏まえた議論を、いずみのさんは『ユリイカ』掲載の「視線力学の基礎」以来展開されているわけですが、その集大成となりそうなのがこの本です。全159頁。来るべき下巻が同じ分量ならば、上下合わせてゆうに商業出版物1冊分です。
 驚くべきことに、この本は、今まで『ユリイカ』に発表されてきた何本かの力作論文を集めたもの、では全くなく、それらにおいてまだ萌芽的にしか触れられていなかった視点の問題、とりわけ漫画において「主観」はどのように表現されるかという問題を、体系的、かつきわめて明解に、論じたものになっています。この明解さが、非常に読みやすい文章の形で表現されていることに、まずは舌を巻きます。ほんっとにスルスル読める。なのに、と言うべきか、だから、と言うべきか、物事が「見えるようになっていく」知的な興奮がずっと持続します。
 映画理論における「半主観的映像」の概念を引きつつ、「客観的な映像を主観化」したものであるこの「半主観的映像」が、キャラクターの眼の位置から見た映像としての「主観ショット」以上に、「キャラクターと観客を同化させる上で効果的である」ことが多いことが、確認され、ここから、漫画における主観性の表現が論じられていくことになります。
 要するに、その場面で視点人物となる当のキャラクターがコマの中に描かれいても(つまり、視点人物の眼の位置から見られた絵ではない)、そのコマの絵は、基本的にそのキャラクターの主観のフィルターを介して捉えられた絵である、ということがありうるということですね。
 この基本的な議論の時点で、視点の、キャラクターとの「完全な」同一化の表現に異様なまでにこだわり続けている竹内オサムさんの仕事はすでに乗り越えられてしまっています。竹内さんの『マンガ表現学入門』の中で、「視点の語り手」といういかにも奇妙な概念を使って何とか論じようと試みられている問題は、この本であっさりクリアされていると言ってもいいでしょう。
 この後は、小林尽の『School Rumble』や津田雅美の『eensy-weensyモンスター』を素材にしながら、マンガにおける視点の描き分け表現が縦横に論じられていきます。その議論は冷静、かつ丹念に進みますが、最後の、小山ゆう『スプリンター』と曽田正人『昴』を論じるくだりで一気に加速し、そこまで積み上げあられ来た議論が昇華されます。この辺は、ちょっと鳥肌ものです。ものすごく素朴に、感動した!と言ってもいいです。いずみのさんがやっているのは、要するに新手の技法論ではないか、という疑念を持っている人の心配も、この一冊で払拭されると思います。
 下巻の刊行が待たれます。そして、一刻も早く上下巻がまとまって、商業出版物として全国に流通するようになることを、望みます。
 とりあえず、この上巻は、5月の文学フリマで販売予定、あとは同人誌専門店への委託を考え中だそうです。
 いや、こういう仕事が、同人誌という形で出ることは、ある意味ではすごく健全だと思います。マンガ論の最前線の一端は、今でも確実にこうした在野の人たちに担われているという事実を示しているわけですし、そのことは、僕も含めて、大学という制度の中に生きながら(というか生かしてもらいながら)マンガ研究をしている人間に、いい意味で非常に厳しい緊張感を与えてくれるからです。お前らが紀要とか学会誌とかに「業績」欲しさに書いてる「論文」に、これと拮抗する力があんのかよ、という。もちろん、いずみのさんは、その人の「所属」など気にせず、とにかくマンガを論ずることに関心を持つ多くの人との議論を望んでいるだけだと思いますが。


 何はともあれ、この本が、少しでも早く、少しでも多くの人に、読まれるようになることを、強く強く願う次第なのであります。


【追記】
 いずみのさん自身による告知ページができています。
http://www1.kcn.ne.jp/~iz-/pfp/gtoltb_01.htm